※この記事は、日々の思いや経験を語るブログ風エッセイです。あなたの共感や気づきのきっかけになれば幸いです。
まだ長男が小さな頃、慣れない土地での慣れない子育て。友達もいない。私は心身ともにすっかり疲れ果てていました。そんなある日、夫と些細な言い合いになり、わたしは「わたしは頑張っているのに」と言った言葉に
夫はこう言ったのです。
「頑張っているかは自分で決めるものではない。本当に頑張っている人は周りが判断するものだ。」

この言葉は、心に深く刺さりました。そして、それ以来ずっと違和感を抱き続けていました。
しばらくして、わたしたちは夫の実家の敷地内に家を建て、そこで新しい生活が始まりました。義弟家族や親族が集まると、我が家が宴会の場になります。お酒が入ると義父や義弟が饒舌になり、夫と同じような価値観を繰り返し語る場面が増えました。
でも、最近のわたしはこう思います。
その考え方は間違っている、と。
「本当に頑張っているかは周りが判断する」?
確かに、見える場所で、評価されやすい立場で頑張る人にとっては良い言葉かもしれません。でも、じゃあ孤独の中で子育てに向き合っているお母さんは?誰にも見られない場所で、家事や育児、地域の仕事に尽力している主婦は?そういう人たちの頑張りは、評価されなければ“頑張り”じゃないの?
違います。

人からの評価がなければ認められないなんて、おかしい。 自分の頑張りは、自分が一番わかっている。
だから、自分で自分を褒めてあげて良いのです。 そもそも、他人に認めてもらう必要なんてない。
思い返せば、初めての子育てに追われていた頃、夫の言葉はわたしの今を全否定されたようで、本当に虚しく、苦しくてたまりませんでした。
夫の家族は、それぞれが名の知れた分野で結果を出してきた人たちです。スポーツや仕事で確かな実績を積み上げ、「立派」と言われる道を選んできたように思います。だからこそ、彼らにとって“世間からどう見られるか”は、とても重要な価値基準なのかもしれません。
でもわたしは違う価値観の中で生きてきた。見えない場所で、誰かのために尽くすことの尊さを知っている。そう信じて、今日もわたしは私の頑張りを、自分で認めてあげています。